芭蕉翁死後、全国に句碑が建てられた、伊勢も江戸時代に建てられた句碑が数基あったが現存するのは主に明治以降の建立 が中心になっている模様。西行谷に建っていた句碑は伊勢志摩スカイラインの工事後移動され某政治家の庭に移転されたとのこと(さるみの会編:東海の芭蕉: より)、中村町神宮寺内にあった句碑は明治の廃仏棄釈時にどこかへ持ち去られる、など結構悲しい結末を迎えている。
 「何の木の花とはしらず匂哉」句碑  
   霊祭講社内:伊勢市岡本町、外宮の直ぐ近く
 *「薮つばき門はむぐらの若葉哉」句碑
   瑞泉寺内:伊勢市船江町、句の詠まれた大江寺二乗軒の近く。
 「神垣やおもひもかけずねはんぞう」の 句碑
   金剛証寺:朝熊山山頂の奥の院への道の途中。
 *「秋の風い勢の墓はらなお凄し」の句碑
   常明寺境内:伊勢市一之木町、もとは宇治の寺にあったのを移動した。
 *「門に入れば蘇鉄に蘭のにほい哉」の句碑
   法住寺内:伊勢市浦口町、廃寺になった守栄院より移築。
など多くはない、句碑は後々地元の有志により建てられたもので歴史的価値はほとんど無いといえるが出来れば句の詠まれた 環境を考慮すべきと思われる。まあ伊勢は戦災に遭っていることを思えば、多少移動されても不思議はないかな。しかし西行谷近辺の句碑が工事と共にいずこに か移動されているのは悲しいことだ、出来ればもとに戻ってもらいたいものだ。こういう所にスポットを当てて復活運動などもやれれば伊勢も文化都市にちかず くのでは。